硫酸技術   by T.Ono
 プラント建設体験-1
 
Praying success of test run, in Japanese style
Nigeria
筆者の実プラントの設計・建設にかかわる体験を述べてみます。   
硫酸設備:
ナイジェリア
マレーシア
中国 上海宝山製鉄所
中国 四川省 攀枝花製鉄所
中国 上海 呉渓化工総廠

三重県 精錬某社
神奈川県 石油化学某社
広島県 製鉄某社
岡山県 製鉄某社

番外(硫酸設備以外):
タイ
フィリピン
オーストラリア
シンガポール

ヒューストン
華僑・華人
1.ナイジェリア(1975〜76年)
125T/D硫酸設備 硫黄燃焼式:

これは当時私の所属していた会社がライセンス・オーナーとなり、大手エンジニアリング会社が建設工事を担当した125T/Dの硫酸設備です。 客先は国営肥料公社(Federal Superphosphate Fertilizer Corporation =FSFC)、ナイジェリア北部カドュナ近郊に建設されました。
原料は固形硫黄、製品硫酸は同時に建設された過リン酸石灰の原料として全量使用されました。 ナイジェリア国内では初のリン酸肥料の製造が目的のようでした。

私は当時、富山の工場で硫酸設備の運転管理スタッフでしたが、硫酸プラントの試運転チームのリーダーとして父親のような年齢のベテラン4名を引き連れていきました。
日本人としては、このほかに過リン酸石灰の試運転要員や子会社の建設担当、管理者、分析作業の指導担当など試運転担当要員が十数名、元請のエンジニアや彼らが日本から連れて行った日本人の職人たちなど30名前後の日本人が働いておりました。
当時はまだ1ドル=360円の固定レートでしたので、日本人の労賃が安く、大挙していくことができたのですね。 
私は9ヶ月で帰国できましたが、ベテランたちはその後の運転指導で更に2年間現地に駐在していました。 大変ですね、と同情すると、みなさん「若いころは満州で働いていました」とか「戦時中にベトナムに駐在していました」とか、以外に平気な顔をしていました。 やっぱり、若い時の海外体験は重要ですね。

近代的な化学工場を運転、維持するために必要なインフラの整備が未完全の場所に工場を建設しましたので、大変多くのトラブルに見舞われました。
一例が停電の多さです。
1ヶ月に35回の停電を数えたこともありました。
硫酸設備は、スタートに当たっては転化器系と炉の予熱に3日以上かかりますが、ようやく温度が上がってきたと思ったら停電、また上がったら停電、を繰り返しました。
メンテナンスの職人たちもいないため、元請は現地人職人の養成からスタートしたとのことでした。
化学肥料工場の運転管理も彼らにとっては初めてのため、私どもの会社から社長と役員を出して、現地人の副社長と部長に管理を指導していました。

カドュナはいわゆる「サヘル」地帯で、乾燥が激しく、日中は40℃以上、陽射しの中では目がくらむほど暑いのですが、木陰に入ると汗が急速に蒸発し、結構涼しく感じました。
「アフリカ」と聞いて、象やライオンにであるかな、と期待して行ったのですが、そういう野生動物は"Game reserve"(鳥獣保護区)にしかいないのだそうです。
代わりに、「毒蛇に気を付けろ」と言われていました。 試運転開始時には、硫酸プラントは完成しているのになぜかトイレは工事中で、夜間など工場周りの草むらで用を足すのですが、特に大の時などは大変怖い思いをしました。

南の海岸地方から、白人が持ち込んだキリスト教と、北から砂漠を超えて遊牧民が持ち込んだイスラム教が拮抗しており、教会とモスクが並立していました。
多民族国家で部族紛争も頻発し、滞在中にクーデター未遂事件が勃発して首都に戒厳令が敷かれ、怖い思いもしました。

泥棒も多く、機械部品がいつの間にか無くなるのは日常茶飯事、硫酸工場のスタート用に多量に購入していた濃硫酸の100リッタープラスチックタンクを盗みに来たやつがおり、内部の硫酸をぶちまけてタンクだけ頭に乗せて逃げて行ったそうです。 (タンクは、乾燥地帯なので需要が多く、高く売れるんだとか)
それ故、ガードマンをたくさん雇っているのですが、彼らは当然武装しており、武器は槍、刃渡り2mほどもある刀、弓などでした。 モダンな制服とレトロな武器はミスマッチでした。

この試運転で勉強になったことは、
1.スウェーデン セレコ社製の硫黄燃焼炉を使用しましたが、モンサントなどに比較して
  大変小さく、かつ運転しやすいものでした。
2.貯蔵している固形硫黄は、貯蔵中に酸化する?らしく、硫黄ポンプのストレーナーが
  すぐに腐食して無くなってしまいました。

ナイジェリアは産油国であり、人口も多く、教育水準も比較的高く、当時は「未来の大国」との評判が国際社会で高かったのですが、現在に至るも政治的・経済的な低迷を脱しておりません。
一部の特権階級が石油利権を独占し、現在に至るまで富の分配が全くなされていないようです。 3年ほど前のNational Geographicの記事によりますと、産油地帯では雇用を増やすどころか周辺住民から土地を取り上げ、環境を汚染して伝統的な漁業などを壊滅させているのだとか。 悲しいことです。

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