硫酸技術   by T.Ono
 プラント建設体験-3
 
In front of sour gas burner, with my late coleague
3.上海  宝山製鉄所(1987年〜91年)
45T/D COG脱硫サワーガス原料:

「大地の子」で日本人に有名になりました上海、宝山製鉄所の第2期工事の一部として、コークス炉ガスの脱硫(とはいっても、H2S)で副生するサワーガスからの硫酸製造プラントを、製鉄系エンジニアリング会社から受注しました。

受注時にビックリしましたのは、そのプロジェクト期間。 受注から試運転まで4年みていたのです。 実際にはさらに半年かかりました。
余りに完成が遅いので、機器を納入するメーカーの中には、「今発注頂いても、お金をもらえるのは4年後ですか?」とあきれているものもいました。 計装機器は「そのころには、間違いなく形式が変更になっていますよ」とも言っておりました。

これは、中国側が、単なるプラントの購入だけではなく、建設を通じて設計・建設のノウハウを学び、次回は「自分たちだけで建設できるように」との目的があったからのようです。

受注の翌年には、硫酸プラントだけで総勢20名の技術者チームが来日し、3ヶ月にわたって「合作」という名目で日本側の設計内容の学習に励んでいました。 私は、同僚2名と共に毎日元請のエンジニアリング会社に通勤してお相手しました。
「合作」中にビックリしましたのは、宝山製鉄所の「設計基準」(新日鉄から第一期に学んだものを、更に独自に強化したと言っていました)が、現実離れして厳しいこと。
安全弁の摺合せ部分の精度が、1万分の1ミリ以下だとか、ブロワーの振動や騒音が、実現不可能なほど小さいとか。
真っ赤になって反論していると、元請のエンジニアが「了解と言っておきなさいよ。 彼らだって、心の中では『出来っこない』と分かっていますから」と言われました。

ただ、「合作」に来ていたエンジニアたちは、鞍山化工設計院のベテランたちでしたが、とても紳士的な人たちでした。 しかし、はっきりと口には出しませんでしたが、「文化大革命」でさまざまな苦労を舐めたようでした。

建設中、機械工事及び電気計装工事の担当者は、足掛け2年にわたって現地に駐在していました。 私は試運転前に赴任し、4ヶ月ばかり駐在しました。
「宝山賓館」という、宝山製鉄所が経営するホテルに滞在し、朝昼晩の食事はそこでとっていたのですが、工事に携わっている日本人スーパーバイザーは300名ほどいたでしょうか? 食事時に、種々雑多な色、デザインの作業着が入り乱れているさまは壮観でした。

中国側の工事関係者は、四川省の工事会社が工事しているとのことで、共通語ではない言葉も聞かれました。
現地工事は中国側に下請けさせているのですが、とにかく「怠け者」で困りました。
ポンプを取りだして分解点検し再度据え付ける工事をやらせましたところ、定時は8時からですが10時ころにやってきて、11時半には仕事を中断し昼食に行き、午後は14時ころにならないと来ないで、15:30には切り上げてしまいます。 それでも請求書には「一日8時間働いた」と書いてきますので、元請の工事責任者が抗議して訂正させていました。

それと、工事関係者やエンジニアとの接触の仲立ちに、通訳を貸してもらえるのですが、この通訳が毎日変わることと、能力が個人によりずいぶん異なることに困りました。 時々、間違って通訳しても平気なので、私は技術協議は通訳なしで直接行っていました。

設計に関しては、以前このプラントと同じ原料ガスを使用した硫酸設備を日本に建設していたのですが、そこで排熱ボイラのチューブ表面に亜硫酸アンモンの析出が生じ、閉塞と腐食トラブルを起こしたと聞いておりましたので、亜硫酸アンモンが析出しないように、ボイラ出口ガスの温度を「350℃以下に下がらないように」という条件でボイラメーカーに設計させました。
又、サワーガスだけですと火炎の色が薄く、火炎検知器が燃焼を検知できないというトラブルも以前にありましたので、炭素分の多いコークス炉ガスを同時に燃焼させ、その火炎を検知するようにしました。

実際の運転では、サワーガス中のH2S分が少なく、結果としてSO2ガスが薄くなってしまったため、スタート時のみ使用する予定だった電熱の予熱器を常時運転して転化器回りの熱バランスの不足を補いました。
失敗としては、炉の燃焼空気供給量の目安として、炉出口SO2温度と濃度のみを監視していましたので、空気量が理論空気量よりも少ないことに気が付かず、炉出口温度もSO2濃度も低下することで空気量をさらに絞ってしまい、未燃焼のH2SとSO2がガス精製系でクラウス反応を起こしてしまい、大量の硫黄を析出させてしまったことです。 運転停止後、硫黄の掃除に3日間費やしてしまいました。
このトラブルを教訓にして、その後こういう回収ガス原料のプラントにつきましては、転化器前のガスは、SO2とO2を同時に測定することとしました。

上海滞在中に、多くの中国人と付き合い、いろんなことを学びました。
一つだけ披露しますと、
「中国人は、強烈な個人主義者である」
ということ。 これでいろいろな事象が説明できます。
国営百貨店など、昔は客をそっちのけでおしゃべりに夢中でしたが、改革開放で従業員にも成績に応じてボーナスを支給することにしましたら、途端に仕事熱心に変貌しました。 「怠け者」という外見は、他人に使われていて、かつ給料が労働のせいかに無関係だったからであり、自分で仕事でも始めようものなら、別人のように勤勉になります。 ある意味、日本人よりずっと「自分に正直」なのですね。

又、中国人は議論が得意です。 あるエンジニアと技術論争していた時、あまりに常識はずれのことを言いますので、「あなたの主張は、世界の常識から外れていますよ」とたしなめたところ、「小野先生。 日本人は1億3千万、我々は13億人です。 我々の方が世界の常識ですよ」としゃあしゃあと言われたことには開いた口がふさがりませんでした。

(ここら辺も、昔「カフェ・アジア」にずいぶん書きましたが、今は「古い情報」にすぎません)

2005年6月、SO2ブロワーを更新したいと商社経由で依頼があり、14年ぶりに宝山製鉄所を訪れました。 担当の技術者たちは全部若い人に変わっていました。 硫酸プラントは、機器は一部老朽化していましたがプラントは順調に運転されており、製品品質も「中国国内でもトップレベルです」と胸を張っていました。
あと、驚いたことは、工場内には多くの木々や花が植えられており、きれいに整頓整備がされていました。 中国も、確実に先進国への道を歩んでいますね。
というより、歴史上4千年にわたって世界一だった国が、ごく短期の混迷期を脱して、本来の「超大国」に戻りつつある、ということなのでしょう。
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