硫酸技術   by T.Ono
ちょっと一言−5
 
An elm tree in summer. Obihiro, Japan
2013年:
気楽にいこうぜ!('13/2/27)
イタリアの総選挙で、緊縮財政に反対するベルルスコーニ前首相の率いる中道右派連合が、下院では過半数に届かなかったものの上院を制したことで、イタリアの財政再建策が危うい、だから・・・また日本円が急激に上昇しました。
しかし、ベルルスコーニ氏と言えば、長い首相在任中に人気取りのばらまき政策を続け、そもそも今の財政危機を招いた張本人のはず。 その彼が、モンティ首相の緊縮策を攻撃して、その彼に表が集まるとは?
ーまったく、イタリア人ってどうしようもないなあ、とまずは思いました。

ところで、先日、妻の友人が、スペインで修業中の息子を訪ねて、そのついでにあちらこちら観光してきたのだとか。
土産話を聞いてきた妻曰く「スペインって良いね! 働く人の天国だって」
曰く「昼休みは2時間のシエスタ。 友人たちとのんびり食事、団らんして又仕事、又一休みして仕事」
曰く「通勤に30分以上かかるところには務めない」
曰く「一旦就職したら、簡単には首にできない」
などなど。
「だけど、若者の失業率は50%の超えているんだろう? しかも、国全体が破産しそうじゃないか」
「でもね、当の本人たちは全然深刻じゃないみたい。 まあ、政府が何とかしてくれるだろうとか言ってるらしい」
同じ南欧人、イタリア人たちも同様なんでしょうかね。 「なんであくせく働かなくちゃいけないんだ! 人生は楽しむためにある」
とでもいうような。
羨ましいですね。 毎日ロクに働かず、気ままに暮らしていければ。 でも、いずれ国は破たんする。 「まあ、いいじゃないか! それまでは楽しもうぜ!」 というんでしょうか。

そういえば、今朝の新聞に書いていました。
母親が「子供の運動神経が悪い」というと、日本人の友人なら「じゃあ、テニスとか水泳を教えたら」と助言するでしょうが、イタリア人の母親は「まあ素晴らしい! きっとこの子は、本をどっさり読む大人に育つのね」だって。
見習いましょう、その楽天加減。


スーパーボウル('13/2/5)
昨日早朝から、NHK-BSで、楽しみにしていたアメリカNFL「スーパーボウル」のライブを見ました。 (現役でないのはこういう時にありがたいですね)
サッカーは昔から好きでしたが、アメリカン・フットボールというのはごく最近、去年の途中あたりから頻繁に見るようになりました。
最初は、ルールが複雑なせいで、何をやっているのかわからず、試合中は「???」の連続。 でも、見続けていますと、これがまことに面白い。 そして、このスポーツ、アメリカ人が夢中になるのも無理がないな、と思えてきました。
まず一番に、「フェアであること」を最優先しているらしいこと。
競技時間は、1クォーター15分を4回。 競技場に掲げられた大きな時計で残り時間を表示し、さまざまな理由で協議が中断・ボールデッドになったら、即時時計が止まる。 だから、15分と言っても、プレー時間はその倍以上になったりしますが、とにかく、時間のごまかしはまずできない。
審判は、7人もいて、反則したら、すぐに「イエローフラッグ」を放り込んで協議し、結論をレフェリーがマイクで発表する。 ところが、どちらかのチームのヘッドコーチ(監督ですね)がこの判定に不服であれば、「チャレンジ」ができる。 チャレンジされたら、必ずビデオで慎重に判定しなおして結論を出す。 「チャレンジ」が認められ無い場合は、「チャレンジ」したチームは前後半3回ずつ持っている「タイムアウト」の権利を1回分失うが、逆に認められたら(判定が覆ったら)チャレンジは正当だったということで?タイムアウトを取る権利はそのまま。
「インターセプト」は、攻撃側のボールを、守備側が自分のものにすることで、攻撃権が移ってしまうため大変重要なプレーですが、この場合は、必ずビデオ判定を実施する。
ようやく最近になって「ホームランの判定のみビデオ判定を実施する」ことになった野球とは、えらい違いです。 野球では、アンパイアの誤審は日常茶飯事(特に、MLB)。 外野フライがダイレクト捕球したか地面に落ちたか、ビデオを見れば一目瞭然の場合でも、アンパイアの判定は絶対。 「フェアじゃない!」と、アメリカ人でなくても叫びたいことが頻繁、です。
それと、極端にまで行っていると思える、役割分担。
オフェンス・チームとディフェンス・チームは全く別チームですし、オフェンス・チーム中でも、クォーターバック、ランニングバック、ワイドレシーバー、センター、ガード、タックル、エンド・・・と、全部役割が違い、それぞれ専業の選手となっています。
オフェンス・ディフェンス以外にも、キック専門の「スペシャル・チーム」なんてのもあります。 キックを蹴るだけの選手はもちろん、その前にボールを後ろに投げるロング・スナッパー、そのボールを手で支えるホルダーなんて専門もいるんだとか。 (ここら辺は、すべてウィキで調べた知識ですけど)
最後に、これが一番興奮させられるのですが、徹底した試合時間の管理。
要するに、陣取りゲームなのですが、攻撃方法としては、ボールを投げる「パス」と、ボールを持って走る「ラン」があります。 ところが、ボールが「デッド」、つまり外に出ないときは時計は動いたままです。
ですから、終盤近くになって時間の残りが少なくかつ攻撃側が勝っているときは、できるだけランを使って、時計を進めようとする。
逆に負けているときは、時計を止めたいので、サイドライン際にパスを投げて、取ったらすぐ外に出るようにする。
1回の攻撃(ダウンといいます)が始まってから、40秒以内にボールを動かさないと反則なので、ぎりぎりまでボールを持って動かしませんが、状況によってはあえて反則してでも時間を使ったりします。
つまり、「頭の勝負」、まさしくゲーム感覚なんですね。
2012年12月時点の世論調査によると、アメリカ人の45%がアメリカンフットボールを「最も好きなスポーツ」に上げていて、野球の16%を大きく上回っています。
ゲームの面白さ、そして、アメリカ人の重視する「フェア」であること。 これらの要素が大なんでしょうね。
それにしても、なんでアメリカ人はそんなに「フェア」にこだわるのか? やっぱり「移民の国」、民族、人種、宗教、風俗に顔の色・・・まるで雑多ですから、「他人への不信」が基本にあるからなんでしょうね。
これ、悪いことばかりではありません。 戦争では「負けた時のマニュアル」、工場では「事故が起きた時のマニュアル」をきちんと整備することになります。
一方の日本、均質社会が弊害になって?原発は「絶対事故が起こらない」などというむちゃくちゃの論理がまかり通っています。 まあ、治らないでしょうね、当分。
年寄りの価値('13/1/7)
皆様、あけましておめでとうございます。
長い年末年始連休も開け、「今日から仕事」と張り切っておられる方も多いのでは?
私自身は個人事業主ですから、毎日が「営業日」でもあり「休日」でもあります。
昨年度(2012年1月1日〜12月31日)は、おかげさまで黒字になりました。 (ほんの少しですけどね)
お正月には年賀状。 読みながら、完全リタイアしてしまった友人たち、みなそれぞれ趣味にボランティアにと時間つぶしをしているらしいですが、「もったいないなあ」と考えてしまいました。
彼らはなぜ働いていないのか?
定年で、会社から「辞めろ」と言われたからです。
もちろん、定年延長制度を取っている会社もありますが、それも多くは嘱託で2,3年経つと、後輩に席を譲らないといけません。
もったいないなあ、と思います。 同年の友人たちも、病気に倒れた一部を除いては、みな体も頭も健康で、まだまだ仕事が続けられるのに、辞めざるを得ません。
韓国が、近年ハイテク部門で日本を急速にキャッチアップし、すでに一部では日本を抜き去ろうとしています。 このキャッチアップの大きな手助けになったのが、日本企業を辞めた(辞めさせられた)シニア日本人技術者であるとは、よく言われていることです。
「道義」などと言っても、自分を首にし、長年取り組んでいた仕事から放りだした会社に、義理を果たせという方が無理でしょう。
一方、長くサラリーマンを務めたおかげで、国からは「年金」が当たります。
しかし、この頃は皆さん知っているところですが、今私どもがもらっている年金は、私どもが積み立てたものではなく、現役世代から借金して賄っているのです。
しかも、積み立てるより支払の方が多いから、借金は増えるばかり。 既に日本国の借金は200兆円(!)。 想像もできません。
こんな借金、現役世代からの税金だけではとても賄えませんので、仕方がないから消費税を上げようというと、大反対するポピュリスト政治屋どもがいる。 彼らの頭の中を覗いてみたいです。
昨年、ドイツへ行きまして、ドイツ人から聞きました。
ドイツの定年は67歳。 そして、年金はその67歳から当たるんだと。
まことにシンプルで分かりやすい。 私の実感では、日本人だって67歳まで働いても問題ないでしょう。 そして、それまで年金は払わなくて済むのですから。
働かないで、破たんしかかっている国から年金をもらって毎日遊んでいる日本の老人を見て、若者たちはなんて思うでしょうか?
少なくとも、好意は抱かないでしょうね。 「無駄飯食い」とかいうのが一番当たっているかも。

それにしても、「年寄」の価値はずいぶん落ちました。
昔は、「老齢」=「物知り」でした。 世の中の変化が緩やかで、同じことを繰り返していおれば毎日が送れたからです。
現代は逆に、余りにも世の中の変化が大きく、「いかに新しい知識をたくさん知っているか」が勝負を決めたりしますから、むしろ老齢は負の価値とみなされがちです。
でもね、人間の普遍の知識というものは変わらないものです。 技術だって、基本を理解していれば、どんどんと変化する世界に対応してゆくことは可能です。
そういえば、昔「青春とは心の若さである」という言葉を聞きました。 常に挑戦を続けている人は永遠に若い、とも。 挑戦は続けましょう。

え? 今更あくせくしたくないと?
確かに、ね。
「史記」「匈奴列伝」に、「匈奴は、壮者を大事にし、老人を卑しむ」と匈奴が文化的に劣っていると非難した漢の使者に対して、漢から降嫁した皇女についてきた元「漢の官僚」が反駁しています。 「匈奴は戦争を仕事にしているのだから、戦えない老弱者は、壮健な者に肉を食わせて戦争に勝てるようにしているのだ」と。 つまり、「年寄りをいたわるほどの余裕はないよ」と言っているのですね。
今の日本。 諸外国と経済戦争をしていますから、余裕はないのでしょうか? 匈奴に倣うしかないのでしょうか。 「文明国」から逸脱しているのでは?
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