硫酸技術   by T.Ono
 トラブル事例-2
 
3.予期せぬ「硫黄の副生」
これは、中国の某製鉄所のコークス炉ガスから副生する、H2Sを含むサワーガスを原料とする硫酸設備でのトラブルです。
フローを以下に示します。


サワーガスにはH2Sのほかに、CH4、C2H6、C6H6、CS2、アンモニア・・・等々の雑多なガスが含まれています。 これらを炉で燃焼してSO2、H2O、CO2、N2にしてから冷却し、湿式集塵してから乾燥塔へ送ります。
機器の試運転も完了し、いよいよプラントスタートです。
空気を流し、サワーガスに着火し、徐々にガス/空気比を調節して燃焼炉出口ガス温度を上げてゆく・・・予定でしたが、ガス温度がなかなか上昇しません。 SO2濃度も低いままです。 「空気量がガス量に対して多すぎるから、燃焼ガス温度が希釈されて上がらない」と考えまして、空気を絞りました。 しかし、温度もSO2濃度も上がりません。 むしろ下がってゆきます。
「サワーガス濃度が低いのか?」 「窒素が多すぎるのか?」
等々、色々調べますが分かりません。 そうこうするうちに、現場をパトロールしていた技術者から「冷却塔循環液が濁っている」と報告を受け、現地へ参りました。
確かに、液が白濁しています。 何だろう?と、よくよく見ますと、硫黄の細かい粒子に見えます。
「あ!」と気が付きました。
燃焼炉出口ガス温度が上がらないのは、空気が多すぎるからではなく、むしろ空気が不足していたからだったのです。 それ故、未燃焼H2Sガスが冷却塔へ行って、ここでクラウス反応
  2H2S + SO2 → 3S + 2H2O
を起こし、硫黄が析出してるのです。
(サワーガスと空気の流量計はついていましたが、ガスの組成が不確実なので、原料ガスと空気の正確な流量比は分からない)
すぐに運転を停止し、点検しますと、副生した硫黄は、冷却塔を過ぎて、ミストコットレルの集塵極に析出しており、極板は真っ黄色の厚い硫黄に覆われていました。
それから丸3日間、まだ寒い上海の3月、同僚と二人で水を使ってコットレル内部の硫黄の掃除を行いました。
プラントの引渡し前でしたし、中国人も日本の元請会社も「あなた方のミスでしょ」と冷ややか、全く手伝ってはもらえませんでした。

この事故を教訓として、これ以降の同様の硫酸プラントでは、炉を出た後のガス分析計は、SO2計だけでなくO2計も必ず設置することにしました。 O2計が付いていれば、「O2=0%」つまり「空気が足りない!」とすぐ分かったはずだからです。
4.カーボン製冷却塔部品の納期

国内の新設設備で、原料ガスがハロゲンを含んでおり、最初のガス冷却塔にテフロン含浸カーボン製の空塔を使用することとしました。
性能と価格から、フランス製を輸入することにしたのですが、日本到着後、メーカーの日本支社から「ガス入口ノズルにひびが入っています」と連絡を受けました。
勿論、取り替えないといけません。 すぐに交換せよというと、メーカー曰く「5カ月掛かると言っています」と。
冗談ではない、設備の本運転まで3ヶ月しかありません。 「1ヶ月で何とかならないのか?」「フランスと掛け合ってみます」
支社の人間は日本人ですから、毎日のように早朝(フランスは8時間遅れですから、夜)に現地の工場宛てに電話して督促しますが、らちがあきません。 
客先からは、「あなた、メーカーの工場に泊まり込んで尻を叩いたら?」などと嫌味を言われましたが、ちょうど9.11同時多発テロの直後で、海外出張は自粛の時代。 それもなりません。
「ノズル代金の3倍払うから、納入を速めてくれないか?」とも申し入れました。
その内に
「現地工場長から、『従業員は全員バカンスで2カ月近くいなくなってしまう』と連絡が有りました。 いくら金をもらっても、従業員がいなければ仕事はできません」
と言ってきます。 そうか、バカンス! バカンスは、フランス人の最優先事項です。 日本人が困ろうが、アメリカ人が破産使用がお構いなし。
ペナルティを払う覚悟を決めましたが、不幸中の幸い、上流の脱硫設備の建設にトラブルが発生して、工期は6カ月余り遅れました。 おかげで、何とか試運転までにノズルの交換は達成しました。
いい勉強をしました。 それ以降、私は部下たちには「フランス製の機械は、納期に余裕のある時しか買うな」と命令していました。 そういえば、昔付き合いのあったマレーシアの現地商社の社長は、「私は、どんなに安くてもフランス製とイタリア製の製品は買いません」と言っていました。 理由は、納期がデタラメだからだとのこと。 アメリカも結構いい加減、イギリスはまあまあ、一番信用できるのは「日本とドイツだ」とか。
ずいぶん後、医薬品のプラント用に特殊な機械をフランスから輸入しました。 客先のメーカー指定でしたので。 しかしこれは全く問題なし。 アルザス地方にある会社で、名前からしてドイツ系です。 アルザス地方は、歴史的にフランスとドイツが領土紛争を繰り返してきた土地です。 「ドイツ人の血が入っているからかな」などと考えていました。
5.薬傷事故
濃硫酸は、人体を損傷して、ひどい火傷を引き起こします。 治癒した後も、醜いケロイド状の痕跡が残ります。
私の身体にも、二の腕とへその脇に、火傷痕があります。 いずれも、ナイジェリアで受けた傷です。
これなど軽い方、私の従兄弟は私が中学生の時に、硫酸を頭からかぶる事故で即死しました。 バングラデシュで、私の勤務先が運転指導中に、タンクが溶接火花で爆発し、現地人5名が死亡するという事故もありました。
ナイジェリアでは、同行の日本人スーパーバイザーの一人もかなり多量に受傷し、しばらく入院を余儀なくされました。 これは、現地人と一緒に硫酸の配管を外す作業をしていて、内部に硫酸がまだ入っているのに「空にした」と勘違いして、フランジのボルトを緩めたために吹き出した硫酸で受傷したものです。 しかも、「空にしても、内部には硫酸が充満しているつもりで」 「フランジのボルトは、身体の反対側から緩めること」という、安全教育で教わっていることを守っておりませんでした。
濃硫酸は、それ自体が危険ですから、設備は簡単に漏れて外に出ないような構造や材質であるべきです。 昔は、経済的理由からなかなかそういう対策が取れませでしたが、現在は良い材質の機器が安価に手に入りますので、昔に比べれば安心です。
事故を防ぐには? ー設備は、全て「Fool-proof」であるべきです。 これはいい言葉です、「馬鹿でも大丈夫」、つまり、誤操作しても事故は起こらないように、または誤操作が起こり得ないように設備を設計することですね。
行動面からは、決して「原則をおろそかにしないこと」です。 上記のナイジェリアの事故でも、安全教育で教わった注意・手順を無視していていたことが事故の原因でした。
えてして人間は、慣れるに従い手順を省略したがるものです。 「面倒くさいから」 「今まで事故は一度の起こってないから」と言って手抜きをしていると、そういう時に限って事故は起こるものです。
そして、万一酸漏れが起こってしまった時の為に、適正な保護具を十分な数確保しておくことです。
みんな、当たり前のことです。 そう、当たり前のことを当たり前にやっていないから事故が起こる。 福島の原発事故の時、まさかこんなにも深刻なことになるとは想像していませんでした。 東京電力は一流会社ですから、安全手順も訓練も十分にできていると思っていましたから。
ところが、@20mの津波なんて想像してなかった A炉を冷却するポンプも、電源装置も低いところにあり、津波で皆使えなくなってしまった(バックアップを安全なところに確保していなかった) B「津波で冷却水が停まる」という事態についての対応マニュアルがなかった
等々の失態が、次々に明らかになりました。 大企業も信用なりません。
皆さん、事故に有って、痛い目をするのはあなたです。 安全に関しましては一切妥協しないでください。
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