硫酸技術   by T.Ono
 トラブル事例-4
 
9.「専門家」を信じるな
キツイ言い方ですが、特に若い方々には、「”盲信”は絶対にダメ」という意味で覚えていてほしいです。
硫酸技術には直接関係ありませんが、若いころ、発煙硫酸を蒸留してSO3を得る設備を改良しようとしたことが有りました。
どういう材質が良いか不明だったので、様々なテストピースを準備して、既設設備の中に入れて、腐食試験をしました。
一定期間後に取り出した結果は、当時の「高級材質」ほど腐食が激しく、陳腐な材料の方が腐食量が少ないという、当時の「常識」に反するものでした。
材料メーカーの技術部長(博士)に来社してもらい、この結果について意見を求めました。 この方は、当時は硫酸向けの金属材料に関する知見では第一人者として国内では有名でした。
彼の見解は「この結果はおかしいです。 試験の仕方が悪かったのでしょう。 私は、こういう条件なら材料XXXXをお勧めします」というもの。
彼の推奨材質で、本設備を設計・製作して運転しましたところ、2か月ほどで設備は腐食、損傷し、運転中止となりました。
再度、専用の試験設備を設置して材質試験をやり直しましたところ、最初の試験とほぼ同じ結果となりました。
いくら「第一人者」の名声が有っても、事実を事実として信じることが大切であると学びました。

もう一つは、比較的最近、私が役員になってからです。
コークス炉ガスの脱硫設備で、私の部下が担当した設備が、全く性能を出せずに、悪戦苦闘した挙句一部作り直す羽目になりました。 同時に複数の設備を受注していた関係で、対策費用も巨額になりました。
この原因は、循環液の酸化装置のメーカーから出された「予想性能」について、「専門メーカー」でありかつ「多数の実績がある」ということで、担当者がこれも「鵜呑みにしてしまった」ことでした。
ところが(後で分かったことですが)、今までの実績というのは、今回とは塔の高さや循環液組成その他の条件が根本的に異なるものでしたのに、そこを事前検証することなく「専門家の検討結果」を盲信してしまったことでした。

「専門家」はいます。 しかし、彼は神様ではない。 知っている知識には限りがあります。
ですから私は、技術アドバイスをするときには顧客に対して「以上のように私は考えますが、採用するか否かは、御社の責任でご判断ください」と常に言っております。
10.焦るな・怒るな・諦めるな
結構長く中国の現地で仕事をしてきました。
当初、商社の現地駐在の方からお聞きしましたのがこの言葉。 中国での商売の心得だそうです。
約束した期限までに回答が無い。 前回の会議の結論をまた蒸し返す。 契約に無い要求を平気でしてくる。 どう考えても常識はずれの理論に固執する・・・
そして、こちらは2,3名、向こうはその10倍の人数で、口々にまくしたててきます。
上海宝山製鉄所のプロジェクトでは、そもそも受注後完工までの工期は4年6ヶ月でした。 機器のメーカーからは「ええ! じゃあ納入しても5年近く検収してもらえないんですか?」と文句を言われました。 計器メーカーからは「それだけ立ちますと、今回発注いただいた計器は多分全部仕様が改訂されて、同じものの納入はできませんよ」とも言われました。
そして、実現不可能な検査基準が次々と。
「中国製の機器は、こんなに厳しい基準で作っていらっしゃるのですか? それなら、輸入したいです」と皮肉を言うと、小声で、にやり、としながら「中国でもできませんよ」と言います。
自分たちは出来なくても、日本人にはやらせるんですね。
余りに非常識なことを言うので、「そのような主張は、世界の常識から外れていますよ」とたしなめると、「小野先生、日本の人口は1億3千万人。 我々中国人は13億人。 我々の方が世界の常識でしょう」と。 いやはや、かないません。
それでも、私は、同行した日本人同僚たちよりは、あまり強く違和感を感じませんでした。 多分、「これだけ言うのには、ちゃんと理由があるんだろうなあ」と、相手をそれなりにリスペクトしていたせいでしょうか。
それにしても、以上の経験を現役で中国ビジネスに携わっている後輩たちに披露しますと、「今も同様です」とのこと。
「中国人はおかしい」のでしょうか? いえいえ、第三者の立場に近い今になって考えますと、余りにも均質で、「言わなくても分かるはず」の日本人社会の方が世界では異質なのかも。 その意味では、「我々の方が世界の常識」と強弁した上海の技術者の言葉が、正しかったのかもしれません。
11.お金が無いから?
1990年、四川省の山奥の攀枝花製鉄所の硫酸設備試運転に参りました。
コークス炉ガスを脱硫するときの副生サワーガスから硫酸を作るのです。
当方は基本設計と一部ノウハウ機器の供給、ドイツの会社が詳細設計と試運転の担当、中国側が機器供給と建設の担当でした。
中国側から「ブロワーの能力が必要量の3倍あります、どうしたらいいですか?」と尋ねられました。 「予算が厳しいので」中古品を探してきたのだとか。
「ブロワー出口から、乾燥塔に戻る循環ガス配管を追加してください」とアドバイスしました。 こんなにリサイクル量が多くてはガス温度が上がり過ぎますので、冷却しないと危険です。
ところがプロセスガスの流量計は乾燥塔の出口についているため、リサイクルラインにも流量計が必要です。 「流量計を買う金が・・・」というので、オリフィスの設計までサービスでやってあげました。 目視の差圧計を取り付けて、流量を計っていました。
吸収塔のポンプタンクに取り付けた中国製の液面計が何度も何度も壊れます。 接液部にSUS316のダイアフラムを使っているのだとか。
「Hastelloy-Cに替えるべきです」とアドバイスしますと、「中国では作っていません」「日本から買いなさい」「中国製なら、日本製1台分で5台以上買えます」と、言うことを聞きませんでした。
その後、上海の硫酸設備で、パイライト原料だったものを硫黄原料に切り替える仕事を受注し、完成の4年後、客先からの要請でアフターケアに訪問しました。 2000年のことです。
この席では「ブロワー能力が過大なのでインバーターモーターとしたい。 1年で元が取れるというが本当か?」と聞かれました。 あまり変わらないなあと思いつつ、「いっそのこと、ブロワーを新調しなさい」とアドバイスしましたが、実行したのかどうか・・・
途上国ではえてして、「数年後には利益を生みます」という話は歓迎されません。 どんどんと会社を辞めて替わっていきますので、利益を生むころには自分はいないからです。 中国でも民間企業や外資系は同様ですし、国営企業も結構人事異動があるみたいですから、同様なのでしょう。 つまり、目先の成績を上げるには、「現在の投資を抑える」事が一番なのです。
「おかねが無いから」・・・ 本当は、「成績下げたくない」。
今年の春節の中国からの旅行者の、「爆買い」、有るところには有るのです。
  攀枝花製鉄所遠景
12.Black out(停電)
「途上国で働く」でも書きましたが、途上国での仕事では、インフラが整備されているか否かで大変難度が異なります。
といいますか、そういうインフラは「まだ途上」だから「途上国」なんですけど。
一番多くかつ直接の問題になりますのは、停電です。
ナイジェリアの硫酸設備の試運転では、一月に35回の停電がありました。 予熱して、やっと温度が上がったと思ったら停電。 やっとスタートして、硫黄に着火して硫酸ができ始めた・・・と思ったら停電。
更に困りますのは、復旧の目途が分からないこと。 余りに繰り返しますので、段々と若い私も厭世的になってしまいました。
マレーシアでも、建設当初(1985年)時点では、時々停電がありました。 しかし、30年後の現在では、全くと行っていいくらいそれは無いとのこと。 やはり、きちんと発展しているんですね。
若い方々は、電気はいつでもどこでも普通にあるものだと思っておられるでしょう。 でも、日本でも、私が子供のころ(今から60年も前です!)には、停電が珍しくなかったので、家には必ずろうそくが備えてあったものでした。
そういえば、ナイジェリアでも同様に各家にはろうそくは必需品。 夜、試運転で派遣されていた日本人同士で麻雀をしている最中に停電になり、卓の四隅にろうそくを立てて、暗がりで「チー」「ポン」とやったりもしました。 電気が回復して互いの顔を見ると、すすで真っ黒になっていました。
停電のことを英語でBlack outと言いますね。 非常用の照明も少ないので、途上国で夜停電に会いますと、本当に「漆黒の闇」を経験することになります。 怖いものです。
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